先日も書いたように、今月31日に学研から太極拳のムックが出る。四正太極拳の入門書だ。DVD付き、1500円。

 この本の特徴は、陳式太極拳にとどまらず、どの派の太極拳太極拳を練習している人にも役に立つように作られていること。まず著者の陳老師が、普及用に編纂した四正太極拳に「陳氏」の名をつけなかったことにその姿勢が表れている。そういう狭い心がけではいけない、というのだ。

 今回は陳沛山老師の人柄に触れて感じるところも多かったのだが、それは機会があれば書くことにして、今回は陳老師に聞いた小架と大架の違いについて書こうと思う。

 陳氏太極拳の小架式と大架式の違いについて、これまで明確に知っている人はなかなかいなかったように思う。もっとも詳しく説明されたのは、陳氏太極拳協会の野元一郎氏が雑誌「武藝」に執筆した記事だと思う。私も今回初めて読んだのだが、小架と大架の歴史的背景、技術的相違について詳細に記述されている。

 それを読めば解決するのだが、今回の取材で明らかになったことを交え、ここでもう一度整理してみよう。内容はあくまで私が主観でまとめたものなので、勘違いや不適切な表現があるかもしれない。その点はご容赦願いたい。

 結論から言うと、小架と大架の間には技術的に根本的な違いはないという。異なるのはその名の通り動作の大小だけで、それも近年になって生じたものだという。

 小架と大架は異なる家系に伝わり、その家系が別れたのは陳卜から数えて四〜五代後のことであり、それは太極拳を創始した陳王廷(九世)よりも前のことである。二つの家系は陳家溝内でも住む地域が違った。両地域の間には急な坂があり、往来も不便であった。しかし同じ陳氏一族としての結束、交流は密だったようだ。

 小架の家系の人に言わせれば、陳氏太極拳の本流は小架だそうである。小架の家系は経済的に余裕があったようで、拳を教授する必要もなく、また保[金票](ほひょう)として働く必要もなかった。そのために世に出ることがなかったのである。

 今回判明したことは、ほかに二つある。
 陳有本が新架(小架)と呼ばれる新しい架式を創始し、それが趙堡鎮へ伝わり、新しい太極拳となった。こうした説は、陳有本の子孫である小架の家系には全く伝わっていないという。

 また、陳発科が北京に出て以降伝えた「新架」と呼ばれる架式について。陳沛山氏によれば、「新架」は別に新しいものではなく、小架の家系では「功夫架」として古くから伝わっているものだそうだ。

 陳家溝でも武術を専門に伝えている家は少なく、多くの家庭では太極拳の第1段階練法だけを行っていた。それが太極拳のすべてだと思っていたわけである。ところが陳発科は北京に出た後、それまで知られていたものとは違う風格の架式を教え、それが陳照丕らによって陳家溝にももたらされた。「功夫架」を初めて見た村民らは陳発科が創始した新しい架式であると勘違いし、「新架」と呼ぶようになったというのである。

 陳沛山氏の話によると、陳氏太極拳は伝統的に太極拳を五段階に分けて練習するという。第1段階を基礎架と呼び、功夫架はその発展形になるわけである。細部は異なるが、基本的には同じ套路を異なったやり方で練習していくのである。これを「五層の功夫」と呼ぶことは近年よく知られている。忽雷架の系統では10段階に分けている。

 陳発科以前は陳家溝内部でさえ、こうした概念すら公表されなかった。そして、技術は持っているが歴史や練法の概念を知らないまま陳太極を伝える人びとが出てきたわけである。現在広まっている、小架式(新架式)は陳有本が創始した、等の伝説はこのような経緯で生まれてきたのである。

 もうひとつ判明したのは、圏を小さくしていく練習段階のことである。基礎架では圏を大きく学び、次第に小さくしていく。小架、大架という名称が紛らわしいが、それとは別である。五段階の練習で次第に小さくしていくわけで、それは大架も小架も同じなのである。

 今回の取材で私が把握できたのは、以上のような内容である。ムックは一般向けの内容であるため、これ以上の詳しい話を聞く余裕はなかった。

 陳沛山氏はきわめて謙虚で多くを語らない人である。「小架こそ正当で、真正な陳氏太極拳である」といっても良さそうなものだが、決してそのような言い方はしなかった。その点に非常に好感が持てた。もし、上記の文章でそのようなニュアンスが感じられるとしたら、それは私の表現の限界であるのでご容赦いただきたい。

 太極拳の歴史についても、近年多くの事実が新たに判明してきている。これからは陳式、楊式だけでなく、趙堡や和式、さらには洪洞通背や心意拳少林拳までをも含めた幅広い調査と考察を行っていく必要がある。それによって予想外のことが判明してきそうなのだ。というわけで、なかなか武術の魅力から離れられないのである。

 31日発売のムックには、そうした太極拳の魅力が余すところなく詰まっているので、ぜひご購入いただきたい。