「中国武術は筋肉ではなく、筋(スジ)を鍛える」とよく言われる。初めてこの言葉を聞いたとき、なんて非科学的なんだろうと思った。

 八卦掌を学ぶようになると、この言葉をよく聞かされる。最初はよく理解できなかった。

 今のところ私が解釈しているのは、これは解剖学的な用語ではなく、一種の概念ではないか、ということ。肝経、腎経といった用語がそのまま肝臓や腎臓に対応するわけではないように、「筋」といってもそのまま腱や靱帯を意味するのではないと思う。

 腱や靱帯、それに普通の運動では鍛えにくい細かい筋肉を発達させること、それらを技法として連動させて働かせることをセットにして「筋を鍛える」と呼んでいるのではないだろうか。

 以前、尚氏形意拳の三体式を学んだことがあった。私はそれ以前にも形意拳を学び、日々少しずつ三体式や馬歩の站椿を練習していた。

 しかし、正式な尚氏形意拳の三体式はものすごくきつく感じられた。要求通りの姿勢をとれば、15秒くらいしか立てないのである。

 筋を鍛えるということは、このように武術の要求に沿った姿勢や動きでだけ、可能になるようだ。重量挙げのチャンピオンやボディビルダーでも、やはり未経験の三体式は簡単にはできないと思う。筋肉は鍛えても、筋は鍛えていないからだ。やはり、ウエイトトレーニングでは鍛えられない筋肉があるのだ。

 こうした鍛えるべき「筋」は足だけでなく、全身に及ぶ。八卦掌では走圏でこれら全身の筋を鍛えていく。走圏で足りない部分は、数種の単式練習で補い、鍛え上げていく。上級者になれば、鍛錬用具を使った練功もおこなうようだ。

 こうして練り上げ、鍛え上げた八卦掌功夫を、孫禄堂は「鉄糸球」と呼んだのである。