走圏と股関節



 太我会練功の中心は、今でも走圏である。二時間のうち、前半一時間は走圏。功夫を養うには非常に優れた練功法である、と遠藤先生は語っている。ただ、先生は八卦掌の掌法はあまり評価していないようだ。八卦会時代からの会員のうち希望者には教えるが、今後はこれまでの掌法を教えるつもりはないようなのだ。

 走圏では、最近またいくつか気づきや変化があった。

 遠藤先生は一年ほど前、「最近は自分は股関節が弱いと感じて、その部分を走圏で重点的に鍛えるようにしています」と語っていた。

 それを聞いたときは、まったく実感がわかず、股関節を鍛えるように歩くことなんてできるのだろうか、と疑問に思ったものだった。

 しかし一か月ほど前、股関節をしっかり使って歩くように細かい指導を受けた。走圏をしながら股関節の部分に手を添え、どの瞬間どこにどう力を入れるか、細かく教えてもらったのである。

 その指導を受けて、これまでは股関節にまったく意識が届いていなかったことがわかった。そんなところへ意識的に力を入れたことがなかったし、入れようにもどこへどう力を入れるのか、まったくわからなかったのだ。

 股関節は肩と同じで、自由度の高い関節である。しかも、重い上体を支え、受け止める役目をしている。胴体の末端である骨盤と、人体最大の筋肉がある脚部をつなぐ、重要な関節だ。

 身体を支えるだけで大変なのに、さらにより細かい操作をしようというのだから、簡単なことではない。私にはそこまで探求する余裕はなく、漠然と考えていながらずっと棚上げにしていた問題だった。

 ちょうどその頃講習会があり、ちょっとしたタントウ(気功といった方がいいのかもしれない)を習った。二、三種類の簡単なポーズからなる、なんということはない気功だ。

 私はピンと来てこの気功を少しずつやってみた。

 ポーズそのものは簡単なのだが、走圏と同じ要領で行うとなかなか難しい。そして、きちんとこの気功のポーズをとると、股関節に力を入れざるを得ないことに気がついた。

 足は杭のように地面に突き立っている感じがするし、三、四分これをやったあとに走圏をやると、一歩一歩がしっかり定まり、気血は沈み、これまでになかった実にいい感じなのである。

 この気功で各ポーズごとに五回深呼吸して静止する練習をすると、翌日、股関節が筋肉痛になった。しかしこのポーズのおかげで股関節が意識できるようになったせいか、走圏の時も股関節周りの筋に力を入れて歩く感覚もつかめてきたのである。

 遠藤先生は、走圏においてまず腰を強くすることを重視する。何をおいてもまず腰を充実させて歩き、強くすることだけを求められてきた。

 意識しないでも腰が充実するようになってから、股関節に注意を向けるべきなのだろう。これまではまったく注意を受けなかったのだから。そしてここまでくるのに四年かかったのだった。

 股関節の使い方についての注意は、遠藤先生オリジナルのもののようだ。腰を重視する点についてもそうである。

 同じ走圏でも、遠藤先生の場合は、これまで陳式その他の武術で経験してきたすべてを集約して教えているようなのである。

 腰を強くする方法も、陳式や気功で長い間模索して得られなかったのだが、馬貴派の走圏を見たとたんに「求めていたものがここにある」と思ったそうである。どうやって走圏で腰を強くするか、先生なりにいろいろな角度から分析していて、それを応用して指導しているのだ。

 股関節にの問題についてもおいても同じで、それまで陳式でこの問題について試行錯誤し、考え抜いてきたからこそ、走圏ではどうあるべきかを、師の歩き方を見て文字通り盗んだのである。

 走圏の要領そのものは何も変えてはいないのだが、遠藤先生の教える走圏はもはや遠藤メソッドそのものといっていいものなんだな、と感じている。

 最近は走圏のほかにも、新しく数種の基本、弾腿、武器などを学んだ。さらに少しずつ八卦掌の基本や掌法もお願いして教えてもらっているので、練習アイテムが多くなってなかなか大変である。

 私自身は走圏を一周するだけで嫌になってしまうような情けない状態だが、また課題ができて楽しくなってきたので、ヒマがあったら少しずつでもやるようにしている。走圏だけで毎日一時間以上という先生には全然追いつけそうにないのだが。