熊形の新たな段階

 下端腰に注意し、足に勁を通すように心がけて走圏を練習していると、また感覚が変わってきた。以前より中盤に力を集中しやすくなった感じがする。

 前々回の日記で触れたM氏について、遠藤先生がこんなことを言っていた。

「彼はすっかり上体の力が抜けて、『入ってる』のがわかるんですよね」

 身振りを交えながらのことばに、ピンと来るものがあった。その状態は遠藤先生の熊形を見て、非常に印象に残っていたからだ。

「入っている」と表現と、ほぼ同期のM氏がそれを体得したという事実が刺激になり、自分も取り組んでみて、少しその感触がわかった。

 ただしこれは非常に集中力とパワーを必要とするので、今の自分には長く続けることができない。だが、遠藤先生のあの姿勢はとても自分にはできないと思っていたのに、仲間ができたという事実と、「入っている」ということばでなぜか急に身近に感じられたのが不思議であり、収穫だった。

 自分にとってこの状態になるには、提肛や下端腰をしっかり行って受け皿を作り、肩の脱開を妥協抜きで実行して、さらに上鬆下緊をあり得ないほど徹底する必要がある。

 弱い部分は悲鳴を上げ、硬い部分はひきつれて痛み、体はねじれ、ゆがみ、傾いて五分と歩いていられないのだ。

 というところまで書いてから、日が経ってしまった。その後先生から、こうした体の状態についての詳しい説明があった。この状態を実現できるようになった人が会にも少し出始めたようだが、自分も早く仲間入りしたいものである。

 ほかには、最近は龍形の詳しい指導も増えている。そろそろまる五年を迎える会員もいることから、龍形の本格的な訓練に入る人も少なくないからだろう。

 私自身も、やっと龍形が楽しいと思える瞬間が訪れるようになった。肩を沈め、両腕の合、含胸亀背に気をつけ、構えを円の中心に向けるよう体をねじりながらも、腹に気を静められるようになってきた。

 思えばつい最近まで、この姿勢をとると立っているだけで精一杯で、とても歩くどころではなかった。外見からはわからないが、これは全身がストレッチされる、極めて苦しい姿勢なのである。

 八卦掌はこのストレッチによって経絡を開き、筋を発達させる。ヨガとタントウを同時に行いながら中腰で歩くようなものなので、苦しいことこの上ないのである。

 遠藤先生は、龍形を通じて「指先まで勁を通す」ことを指導している。これは先生が長い練功経験からつかんだ、肩に力を入れずに腰や背中の力を指先に集中させるというもので、武術の極意というべき要領だ。

 肩の力を抜く、これがいかにむずかしいか、今改めて痛感しているところである。熊形でこれをある程度実行できるようになるまであと半年はかかりそうだし、技を行っているときでもその状態が失われない境地になるまでには二、三年はかかると思う。

 しかし、以前は想像できなかったこうした境地が視野に入ってきたことも事実で、遠藤先生の指導のおかげだと思って感謝している。

 功夫をつけること、対練や散手に応用していくことなど、課題は山積していつ実現するのかわからないが、気を長く持ってじっくり取り組んでいきたいと思っている。