八卦掌なんぼのもんじゃい 



 八卦掌を練習していて困ることは、高級すぎることである。どう高級かといえば、全部高級なのである。

 まず、走圏がまともにできるようにならなければ技どころではない。走圏がまともにできるまでに、マジメにやっても三、四年はかかるだろう。

 八卦掌を始めて三年以上たつけど、通背拳なんかをまじめに三年やった人にはかなわないだろうなあ・・・・・だいたい戦い方なんて全然習ってないし。

 知人にこう話したら、ものすごく驚かれた。それで武術といえるんですか、三年やって使えない武術なんてあり得るんですか・・・・・

 そういえばそうだなあ。しかし、だからといって自分のやってきた八卦掌がだめだとは思わないし、むしろすごく優れた武術だと思っている。

 だいたい、董海川に八卦掌を学んで有名になった人は、もともと他の武術で一流だった人だ。尹福は羅漢拳、程廷華はシュアイジャオのエキスパートだった。それが尹福のように、「八卦掌なんぼのもんじゃい」と董海川に挑戦し、敗れて弟子入りしたわけである。

 走圏は、そうした武術家たちがさらにパワーアップするために練習したメソッドだったのだ。だから、武術の素人が走圏から入るのは、かなり無理があるのである。

 もうひとつ八卦掌を学びにくくしている問題がある。それは、八卦掌が完成された武術であり、最初から暗勁を練習することである。暗勁とは見えない力、すなわち外見に現れないわずかな動きから発する力である。

 見えないほどのわずかな動きだから相手にも悟られず、反応することを許さずに勝つことができるのだが、学ぶ側にもどういうメカニズムなのかわからないという大きな欠点があったのだった。

 董海川の弟子たちのように、何らかの武術に精通している人なら話は早い。八卦掌といえども、他の武術と大きく異なった原理で動いているわけではないからだ。しかし、なんの経験もないと苦労することになる。

 師も最初から暗勁で学び、それ以外のやり方を知らないわけだから、わかりやすく大きくやってみせるというわけにはいかない。弟子は試行錯誤で発力の方法を身につけるしかないわけである。

 これは八卦掌だけでなく、太極拳でも同じことがいえるようだ。よそで他の武術を練習していた人が途中から入門して、あっという間に古い弟子を追い抜くケースも少なくないという。太極拳の動作では小さくてわかりにくい動きが、他の武術では大きくわかりやすく表現されている。大きな動きで身につけた人は小さな動きを見てもそのメカニズムが理解しやすく、体現もできるわけである。

 遠藤先生は長く内家拳を学んできて、こうした欠点に気がついた。そして「大きく学んで小さくまとめる」というプロセスが必要だと思い至ったようである。

 先日も熊形撞掌の打ち方を教わったが、今まで理解できなかったメカニズムや、寸勁、暗勁といった打ち方でなぜダメージを与えることができるのか、今までと違った角度で理解することができた。

 これからは遠藤メソッドとでもいうべき方法を体系づけていかれるようであるが、武術に生涯を捧げてきたこの一種天才的な人が、どのようなシステムを構築するのか、非常に楽しみである。