某リーマンのささやかな武勇談



 八光流時代の仲間から久しぶりに電話がかかってきた。今年六月、福岡に転勤になったという。5月25日に言い渡され、6月1日に転勤。妻子を置いての単身赴任である。早い人は一年で東京へ戻り、長い人は9年いるという。いつ帰れるかわからない。宮仕えは厳しいものだと思った。

 彼は八光流の他、陳式もやっているのだが、「一番使えるのは八光流だ」という。どういうことか聞いてみると、主に酒を飲んでのトラブルのようだ。

 先日も福岡で飲んで歩いていたところ、からまれて胸ぐらをつかまれたという。「ちょっと手首をつかんでやったら、『いてて』なんていって手首をさすりながらどっかへ行っちゃいましたよ」と語っていた。

 どんな技を使ったのか聞いたところ、「全部雅勲(ガクン)ですよ」という。よく聞くと、正確には雅勲ではなく四段技の胸押さえ捕りらしい。

 雅勲とは、八光流では三段技に入っている技で、大東流では「つかみ手」と呼ばれている。相手の手首の甲側を攻める技である。四段技の胸押さえ捕りとはその逆で、手首の内側を攻める技である。

 相手が胸ぐらをつかんできたところを、手首をつかみ、真上へ持ち上げるようにしながら急所を攻め、崩すのである。

 「相手は力が入っているし、こっちは酔って力が抜けているからよく効きますよ」とのことだった。

 八光流を始め、大東流系の技は稽古ではお互いに慣れてしまったなかなか決まらないが、このようにとっさに出る局面では意外なほど効果的だ。この友人はこうした状況で何度かこの技を使ったという。

 そういえば一緒に稽古している頃、駅の切符売り場での武勇談を聞かせてくれたことがあった。並んでいたところ、高校生くらいの若者の一団が前方に割り込んだのだそうだ。彼が注意したところ、リーダー格らしき男が「何をこのオヤジ!」と怒鳴りながら胸ぐらをつかんできたという。

 そのころまだ二段技くらいしか習っていなかった彼は、とっさに二段技の胸押さえ捕りを使った。胸をつかませたまま手首の逆をとる技である。

 これもみごとに決まって、男は痛さにわめきながら「放してくれ」と頼んだそうである。そして「覚えてろよ」と捨てぜりふを残して仲間と逃げていったそうだ。

 酒の上での些細ないざこざで殴るわけにはいかないし、ヨッパライをぶん投げては思わぬ事故の元だ。宮仕えでは警察沙汰に巻き込まれるわけにはいかない。確かに、痛みで毒気を抜いてしまう八光流の技は効果的なのだな、と友人のささやかな「実戦談」に教えられたのだった。