粛親王のことを書いていて思い出したが、彼の娘の一人が川島芳子である。「東洋のマタハリ」と呼ばれ、日本軍の手先としてスパイ活動をおこない、終戦とともに国民党にとらえられて死刑になった、悲しい女性である。

 粛親王は衰えゆく清朝を何とか復興させようと日本に接近し、大陸浪人の川島浪速に娘の一人を与えた。溥儀の后、婉容が天津を脱出して満州へ向かう困難な任務を達成したのも芳子だと言われている。

 とすると、川島芳子は馬貴や宮宝田ら八卦一門や、霍殿閣ら八極一門とも顔を合わせている可能性が高い。婉容奪還作戦は、霍殿閣らとともにおこなった可能性もある。

 激動の時代の映画のようなエピソード。武術を通じて知る中国史も、なかなか楽しいですよね。