締め切りが終わってほっとしたら、気が抜けてblogの更新もさぼってしまった。

中国武術で驚異のカラダ革命2」(学研)、発売になりました。表紙が前号と紛らわしいが、真ん中に林世栄の洪家拳のイラスト、左に甲野善紀氏、右に韓競辰氏の写真が目印。

 巻頭特集は韓氏意拳。その筋で話題になっている韓氏意拳の講習会に私が参加し、体験レポートを書いた。詳しくは本を読んでいただくとして、この講習会を受けたことは私にも大きな収穫だった。韓氏意拳は、確かに名人のたどりついた境地を最初から身につけさせようとしている。

 韓氏意拳は、「功夫」という考え方を認めない。何かを付け加える、鍛えるのは不自然な行為だというのだ。

 確かにそれには一理ある。それを踏まえた上で、それでも私は今の八卦を続けていきたいと思う。練習を始めて二年足らず、教室に通って一年あまり。その間に、これまでの武術観が覆るようなことがいくつかあった。

 八卦掌は、功夫を重んずる。暗勁を追求するだけに、功夫がなければ使えないのである。

 しかし、その功力の養成は道家の功法と結びついた実に巧妙なもので、自然とか不自然といった単純な分類に収まらないものだと思う。

 走圏を二年足らず練ってみて思うのは、確かにこの中に道家の功法「転天尊」が生きているということ。じわじわと丹田というものが自覚されてくる。そして、身体が西洋スポーツとは違った発達のしかたをするのだ。

 それはある種の「鍛錬」ではある。しかし、不自然なものかというとそんなことはなく、人間本来の能力を合理的に引き出しているように思う。発表されている他の中国武術も含めてほかに具体例がないので、説明のしようがないのだが。

 私もまだ始めて日が浅く、この拳についてこれ以上偉そうなことを言う資格がない。とりあえず三年間練ることを目標にしている。その結果、何かをつかめたらできる形で発表していきたいと思う。