お盆でしかもオリンピックだというのに、相変わらず原稿書きに追われている。机の前に坐っている時間は長いが、なかなか進まない。土日でも編集者から催促の電話があるのだが、さすがにお盆はかかってこないようだ。たぶん自分がどこかへ行っているからだろう。一安心。

 できるだけ毎日八卦の練習をするようにしている。きちんとやっているといろいろな発見があり、体も動くようになり、また気力も充実して楽しい。最近は単換掌が八卦の基礎であるということがわかってきて、それが楽しい。探掌、蓋掌を始め、圧掌などは同じ擺歩の勁。切掌は扣歩の勁。穿掌も扣歩の部類かな。
 擺歩で歩法と身法を一致させるコツがわかってきたので、圧掌も重さが出てきた。劈掛的な打ち方ではなく、整勁を使った重みのある打ち方だ。これは擺歩をきちんと習わないとできない勁だ。
 きちんと教えてもらえると、理解も上達も早くていい。もう15年、できれば30年くらい早く習いたかった。

 これまで試行錯誤してきたことは、当然役には立っている。20歳で中国武術を始めて、思えばいろいろなことをやって来た。最初に習ったのは12路潭腿。次に10路の弾腿に、査拳。このあたりはほとんど忘れた。
 それから小虎燕、崩歩拳、力劈といった螳螂拳の套路。七手なんてのもやったな。形意拳に陳氏太極拳。このあたりは学生の頃に習った。八極小架、心意六合拳。それくらいだったか。

 20代後半からは、平行して八光流柔術の道場に四年ほど通い、四段技まで学んだ。その後、大東流の佐川道場に一年ほど。私は当時月刊空手道の編集長だったので、ずいぶん得をした。普通の道場生なら半年に一度見られるかどうかの佐川先生の神技を、行く度に見れたのだ。さらに稽古は上席の最古参の先輩方につけてもらえる。佐川先生からもアドバイスをもらえる。昼間の特別稽古にも参加させてもらえる。新人ではあり得ない待遇だった。

 佐川先生の技について語りだしたらキリがないが、すごかった、とだけ書いておこう。私は佐川先生に気に入られたようで、「ixima君の取材を受けるから」といってくれていたのだ。いつかは書かなければ、と思っている。

 武術歴を書いていたら話がそれたが、そんなこんなで今は縁あって八卦を学んでいるというわけだ。形意、太極もかじったが、八卦はそれらとも全然違っておもしろい。今のところ、八卦の源流は劈掛掌ではないかというのが私の考察である。劈掛か、もしくは通背拳が技術的なルーツになっていると思う。

 今学んでいる八卦は、基本の大事なところからじっくり教えてもらえるので、非常にやりがいがある。仕事との両立がむずかしいが、この八卦は何とかものにしたいと思っている。