金庸の武侠小説

 中国語圏でもっとも読まれている作家、金庸。その名は知っていても読む機会がなかったのだが、年末に「射鵰英雄伝」シリーズ全15冊が我が家にやってきた。果たして年末年始はこのシリーズにハマり、延々と読み続ける羽目になったのである。


 「射鵰英雄伝(しゃちょうえいゆうでん)」の「鵰」の字は、パソコンの環境によっては表示されないかもしれない。「周+鳥」を一文字にした字で、彫刻の彫と異形同字のようである。


 舞台は南宋、南進してくる満州族の金国、北方に割拠するモンゴル族の元など異民族の脅威に、漢民族が脅かされていた時代が舞台。主人公の郭靖は不器用ながら朴訥で正直、数々の名師に指導を受けて次第に達人に成長してゆく。


 彼を取り巻く一癖もふた癖もある武術家たちや美女たち。美女もみな武術ができて、軽功や点穴は当たり前である。しかも登場する女性のほとんどはたおやかな外見とは裏腹にモーレツな面を持つ。このあたりの女性の描き方が日本の小説とは違っていて、おもしろいのだ。読み始めた頃は電車で降りるべき駅を二つも乗り過ごしたりして、かなり夢中で読んでしまった。


 金庸の小説の登場人物は悪人も強烈で、黄薬師という武術家は弟子の男女が秘伝書を盗んで駆け落ちした腹いせに高弟たちの足をへし折り、一生歩けない体にしてしまう。達人であり、医師としても芸術家としても優れた知識人なのに、とんでもなくヤバイ人物なのだ。


 「射鵰英雄伝」は第一部で全五冊、第二部「神鵰剣侠(しんちょうけんきょう)」も全五巻。これは楊過という男が主人公なのだが、右腕を切断され、片腕の剣客となって愛する女性のために戦う物語。偶然見つけた達人の墓から「玄鉄剣」という伝説の名剣を手に入れ、達人とともに暮らしていたダチョウのような鳥から武術の訓練を受ける。1959年の作品なのだが、FFのチョコボみたいな鳥や何でも切断する伝説の名剣が出てきて、相当時代を先取りしている感じだ。


 第三部「倚天屠龍記」(全五巻)では張三丰と武当山嵩山少林寺なども出てきて、武術好きは思わずニヤリとしてしまう。最後は少林寺を舞台に各派の武術家が入り乱れて大決戦となり、なかなか読み応えがあるのだ。


 最近は「笑傲江湖」全七巻を読んだが、これもおもしろかった。この作品ではとくに「桃谷六仙」というマヌケな六人兄弟が印象深い。シリアスな展開の中で、彼らのボケに徹した会話はものすごくおもしろかった。人の体を引きちぎるような強さを持ちながら、屁理屈の天然ギャグをカマすのだ。


 作者の金庸は中国の歴史や文化に非常に詳しく、さらに武術や気功のこともよく知っていて、物語のスケールも大きい。中国好き、武術好きにの人なら、どれかひとつのシリーズだけでもぜひ読んでほしい内容だ。