走圏の不思議

 九月から通勤するようになって、生活パターンがまったく変わってしまった。とくに10月からは片道一時間半かかるので、うちに帰ってから練習する気力が出ないでいた。

 15分できればいい方で、3分とか5分の日も多かったのだ。

 12月半ば頃からはオフィスの近くに小さな公園を見つけて、昼休みにそこで練習するようにした。公園といっても狭く、息抜きのサラリーマンやホームレスの方もたくさんいるし、通り抜ける通行人もたくさんいる。最初は抵抗があったが、昼休みに練習しないと他に時間がないので、人目を気にせずやることにした。中国ではみんなやってるじゃないか(朝だけど)。

 暖冬なので、日光を浴びながらの練習は予想以上に気持ちがよかった。上着も脱いで走圏してちょうどいいくらいだ。

 散歩中のパグが足を止め、もの問いたげにじっとこちらの顔を見つめてくる。エサをくれるんじゃないかと鳩の群れが寄ってくる。ベンチに座っている人、通りすがりの人は見ていないふりをしながらしっかり見ているのがわかる。それを気にしていては練習できないから、走圏に集中する。

 やはり人目のあるところでは、さすがに自宅ほど集中できない。それに、仕事中だからフラフラになるまではできない。どうしても自動的にブレーキがかかる。しかし、その分長くできる。腰を強くすること、肩の力を抜くことにだけ注意して練習する。

 しかし、今年に入って原因不明のアキレス腱痛に見舞われた。一時は痛くて切れるかと思ったほどだった。駅の階段も手すりにつかまり、道を歩くときは左足を引きずって歩いた。

 そういえば昨夏に夏バテで胃腸の調子が悪くなったとき、左足のアキレス腱付近に湿疹が出て、痒くて困った。完治するまで三ヶ月くらいかかったのだった。

 以前李先生に走圏を直してもらっているとき、「お前の左足は気血が順じゃない。だが、それも走圏を練習していればそのうち治る」と言われたことがあった。確かに、胡座をかくと15分くらいで左足が痺れてしまうのだ。以前股関節を強打したときに、ズレが発生したままになっているようだ。

 左足だけに湿疹ができたのも、今回同じ場所が痛くなったのも、気血の不順が表れた現象のようだ。なぜそれが今出てくるのかわからないが、これも走圏によって気血が通じていく過程なのかもしれない。

 ただでさえ最近は練習が不足気味な上に、足まで痛めて体は動かなくなる一方だった。そこへ李先生の来日。今回はやっと一度だけ練習会に参加した。

 不思議なもので、無理して歩いて余計に痛めたアキレス腱だが、教室に行って走圏をすると翌日は確実に少しよくなっている。今回、李先生の練習会に出たときも走圏は何とかこなしたが、探掌、蓋掌の単操には参った。何ヶ月も掌法はまったく練習していなかったので、体がついていかない。思い切った発力はできないので、ゆっくりやってタイミングだけ合わせた。帰りは左足のふくらはぎがパンパンに張って痛くてたまらなかった。

 その夜フトンに入ると、左足の足首やふくらはぎ、太腿がぴくぴくと少しずつケイレンして暖かくなり、気血が通っていく感じがした。翌日、痛みは練習前よりも軽くなっていた。そして発症から一か月を過ぎた今、アキレス腱痛は八割方治った。ありがたいことである。

 李先生の講習会、練習会に出ていつも感じることだが、先生にしごかれて最初は苦しいのだが、参加するたびに体が慣れ、動くようになり、練習後はかえって心地よく、気持ちも明るく、体調もよくなるのだ。どこか不思議なところのある武術である。

 各種講習会を合わせて五日間連続で参加するというものすごい人もいるようだが、現場で無理しすぎなければ、得るものはかなり多いと思う。

 今回はアキレス腱痛を通じて、人体の不思議、走圏の不思議を体験した。気血って本当にあるんだな、と感じることができたのである。