暗勁の秘密



 霍文学氏の技の感触を思い出していたら、あることに気がついた。それは、質量の大きいものは目標に当たった後も速度が落ちず、そのまま進み続けるということである。

 霍文学氏の腕は私の体に当たった後も速度が落ちなかったのだと思う。ゆっくりながらも速度が落ちずに、私の体と一緒に進んでいったのだろう。逆に言えば、私の体は瞬時に霍氏の腕と同じ速度にまで加速されてしまったのだ。

 当たっても速度が落ちず、相手の体を一瞬に加速する。これが暗勁の秘密ではないかと思う。ゆっくりでも車にぶつかればダメージが大きいのは、車はぶつかっても止まらず、そのまま進んでくるからである。同じようなことが武術の世界にも存在するのだと思う。そんな力が体幹部に加われば、外傷はなくても内臓にダメージがあることだろう。

 霍文学先生はゆっくり動くだけでなく、瞬発的な力も見せてくださった。コンクリートの壁や鉄柱に打撃や体当たりを行うと、ズシン、ズシンと重く、鋭さを秘めた衝撃音が聞こえてきた。

 あんなに重い打撃を鋭い発勁で打ち出したら、いったいどうなるのか。私はその圧倒的な質量を体験しているだけに、今や伝説とされる李書文の逸話も信じることができるのである。

 最近では李書文の武術を練習している人でさえ、その逸話を単なる伝説、ホラ話として信じない人が増えている。

 今回改めて思ったのは、それはその人のしている練習の延長上に、霍文学氏や李書文のような境地が感じられないからだろうと思う。だから、やればやるほど他人事になってしまうのだと思う。

 套路や外見が同じように見えても、何か練習法に違いがあるのだろう。霍慶雲の弟子、範伝儀氏も「霍家には秘密がある」とおっしゃっていた。同じ練習をしているにしては、実力に違いがありすぎるというのだ。それは練習量では解決できない差なのだろう。

 皇帝や将軍を警護するような武術は、やはりわれわれが一般に触れることができるものとは質が違うのだと思う。世の中には想像もできない世界があるのだ、ということは大東流の佐川先生や霍文学先生にお会いして、実感することである。