帰国報告2

 王府井は、東京でいえば銀座だろうか。とくに最近は道路も周囲の建物もきれいに整備され、以前とは見違えるようになっている。

 その王府井の一角に、聖ヨセフ聖堂がある。中国語ではただの「東堂」だ。戦前の古く壮麗な建物で、石畳の敷かれた広場もきれいに整備され、王府井を行き交う人々の憩いの場になっている。以前来たときは広場には入れなかったように思う。

 広場では若者がスケートボードやローラーシューズに興じ、観光客が写真を撮っている。私はなぜかその広場が気に入り、しばし休息した。そのうち、なぜこの広場に癒されるのか、少しわかるような気がした。

 まず、聖ヨセフ聖堂が建築物として優れていること。しかも時を経て味わいが増している。さらに決定的なことは、この壮麗な建築が、周囲の全ての建物と違って実用を目的としていない、ということである。

 教会だから、イエスの愛を伝えることが目的でデザインされ、今もその目的で使用されている。そしてその前面に広がる広場には花が植えられ、人々が自由に遊び、くつろいでいる。

 中国にあっては、これは画期的なことなのだ。しかも、塀で囲わず開放したことによって、本来の機能が発揮されたように思う。その広場にいるだけで、なんだか癒されてしまうのだ。

 私が訪れた時に行事は行われておらず扉は閉ざされていたが、広場で人々は遊び、休息していた。そこには、10年前まではなかった自由の喜びがあった。

 10年ぶりの中国は色々な面で変化していたが、私にとって一番印象に残ったのが聖ヨセフ聖堂とその広場の光景だった。